9年前の病室で私たち30代3人組は仲良く楽しく入院生活を送っていた。となりのRちゃんは、私より3歳年上で37歳の理科の先生。彼女は、以前肺結核の病歴があったため、毎年検診を受けていたにもかかわらず肺癌を結核痕と見落とされ、わかった時には既に体中に転移していた。子供は、5歳の男の子と2歳の女の子。夜になると、Rちゃんはカーテンの向こうで泣いていた。お昼は一緒にお腹いっぱい笑っていたけど…
ある日、自殺のニュースをみてRちゃん「あのさぁ、命がもしロウソクだとしたら、自殺した人は、ロウソク残っているのに火を消すわけでしょ?残ったロウソク、私にくれないかなぁ。いらないなら、くれたらいいのに」って。
その時、私「でもさ~っ生きる方が大変。私、死ぬのは怖くない」なんて、わかったふうな事言っていたけど。今でも、死ぬのは怖くないけど結婚して少し変わった。結婚して、夫の事思うとまだ死にたくないと涙が溢れてくる。こんながん患者と、結婚なんかさせてしまって申し訳ない。ずっと朝ごはんも作ってあげたいし、夜は一緒に飲んだくれて翌朝、「調子に乗りすぎた~っ」なんて言いながら朝目覚めたい。
一緒におじいちゃんとおばあちゃんになって、手繋いで歩きたい。今日、骨シンチ撮ってる最中ちょっと涙が流れてしまってでも、腕も固定されているから涙拭えなくて必死に楽しいこと考えるようにした。といっても、楽しいことが思い浮かばなくて、朝から食事できずに2時を回っていてお腹空きすぎた私は、終わったら何食べようかなと必死になって考えた
。
私、自分のためには頑張れないけど、愛してる人のためだと頑張って生きたいと思う。腫瘍マーカーが上がったり、不安材料がでてくるたび、これから何度も何十回も最悪の事態を考えながら闘っていくんだろうな。でも、私負けない!またハゲるなんて嫌だったけど、抗がん剤だって何だってドンとこい!

